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桑子真帆アナウンサー応援ブログ(非公認)

NHKの桑子真帆アナウンサーを、勝手に応援するブログ(非公認ブログ)です。桑子真帆アナウンサーの出演番組の情報や感想などを書いています。

桑子真帆アナウンサー熊本中継「ニュースウォッチ9」4月14日(金)放送分の感想

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www4.nhk.or.jp 

 

桑子真帆アナウンサーは、熊本から中継のため、保里アナウンサーがキャスター代行。

 

特集 女児殺害遺棄事件で逮捕、保護者会の会長が・・・、DNA型一致 調べに黙秘、見守り活動 熱心に参加、周囲の人が見た容疑者は、地域に大きな衝撃、ベトナムの両親は・・・、保護者会 会長がなぜ?、伊藤記者が、千葉 松戸の被害者女児の自宅近くの通学路から中継リポート、千葉放送局の田村記者が捜査本部のある千葉 我孫子警察署から中継リポート。

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年、復興への課題は、熊本 益城町のテクノ仮設団地から桑子真帆アナウンサーが中継リポート。

 

特集 被災地はいま、熊本地震1年、桑子真帆アナウンサーが、熊本 益城町の役場近くを歩き、自宅の跡地に来ていた”息子夫婦と孫、8人家族”で暮らしていた男性にインタビュー、

 

桑子「またここで、みんなと集まれるといいですね」

 

男性「そうですね、また8人家族がずっと続けばいいですけどね」

 

特集 被災地はいま、熊本地震1年、避難所となっていた益城町の広安西小学校のようす、熊本県庁の追悼式(安倍首相が出席)のようす。

 

特集 被災地はいま、熊本地震1年、桑子真帆アナウンサーが仮設住宅を訪れ、入居者の宮守高徳さん、宮守るみさん夫妻にインタビュー、 

 

桑子「どうですか?このスペースでの生活は」

 

宮守るみさん「ここしかいるところがないから、どうもこうもない」

 

桑子真帆アナウンサーが宮守高徳さん、宮守るみさんと一緒に、自宅跡地を訪れる、自宅再建に新たな課題。

 

桑子「亀裂ですか、亀裂があるんですか」

 

宮守高徳さん「地震の通った後、3か所ある」

 

敷地から道路にかけて亀裂、”地盤の補強に200万円以上”かかることが判明、夫が今年7月定年を迎えるため、地盤を補強して住宅ローンを組むのは難しい状況。

 

宮守るみさん「自分たちに「財的な力」があって、もう1回住めるなら家建てて住みたいけど」

 

宮守高徳さん「いまさら借金作りたくない」

 

仮設住宅の入居期限は原則2年間、益城町では300戸の災害公営住宅を建設予定だが、まだ入居の見通しは立っていない。

 

桑子「あんまりこう、進んでいる感じは、そしたら無いですか?」

 

宮守るみさん「無いですね、しょうがない」

 

宮守高徳さん「”ぱっぱ”と間に合うようなスピードではない、前向きに進むしかない、いつまでもくよくよしたって、かえらない」

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年、スタジオの有馬さんと現地の桑子真帆アナウンサーが会話、

 

有馬「桑子さん、くよくよするわけにはいかない、とにかく前にという気持ちは、伝わってきました」

 

桑子「そうですね、ただ、やはり、今後の生活の基盤をどうしていけばいいんだっていう、その先行きが見えないもどかしさを感じている方は多かったんですよね」

 

桑子「そんな中でも、あの、こちらの仮設住宅では、去年夏から入居が始まっているんですけど、新しいご近所付き合いが生まれているようなんです」

 

桑子「この、ここにはですね、皆さんの憩いの場となっているところがあるんですね、こちら、食堂なんです、夕食を食べに、仮設住宅の皆さんが集まっています、お邪魔します」

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年 仮設住宅の暮らしは、桑子真帆アナウンサーが食堂に入る、

 

桑子「失礼します、こんばんは、お邪魔します」

 

桑子「あの、こちらは、町で被災した方が、仮設住宅でも、みんなが集える場所を作ろうということで、お店を出しました、お邪魔します、何人かお話を伺いたいと思います」

 

桑子真帆アナウンサーが食堂で食事中の人たちにインタビュー、

 

桑子「お食事中、失礼します、あの、この仮設住宅で住んでいらっしゃるんですよね、あの、このお店はどんな存在になっているんですか?」

 

男性「このお店は、やっぱ、皆さん明るくて、もう、来て、いつも笑って、楽しんでいます」

 

桑子「どうですか、この、ここに来ると、どんな気持ちになりますか?」

 

男性「そうですね、やっぱ、明るい気持ちになるし、まぁ、いつも笑顔になれていいかなと、ここがあって良かったなと思います」

 

桑子「そうですか、ありがとうございます」

 

桑子「もうひとかた、お伺いしたいと思います、お隣のお兄さん、よろしいですか?」

 

桑子「あの、今の、ここでの暮らし、どのような状況になっていますか?」

  

男性「ここでの暮らしですか?ここでの暮らしは、やっぱ、1年前、当たり前にできてたことが、全然できなくなったんで、やっぱ、不自由はありますけど、もう、1年経ったんで、もう、ここの暮らしにも慣れてきて、やっぱ、これから、前に進んでいこうかなっていう、今、やっと、思い始めて、生活してるところです」

 

桑子「やっと、思い始めたんですね、ありがとうございました、お食事中、失礼しました」

 

桑子「あの、やはり、こういった場所に来ると、皆さん、あの、楽しい話をしたり、あの、少しリラックスした表情の方が、多いんですよね、で、今日は、あの、一旦、お店を出まして、この仮設住宅の自治会代表の方にも、来ていただきました、吉村静代さんです、こちらにお願い致します」

 

桑子真帆アナウンサーが、「テクノ仮設団地」自治会代表の吉村静代さんにインタビュー、

 

桑子「夜分遅い時間にありがとうございます、あの、吉村さんも自宅が倒壊しました、あの、今、代表ととして、どんなことに気を配っていらっしゃいますか?」

 

吉村静代さん「そうですね、あの、東日本のことで、とても気になっていることが、やっぱり孤立化、孤独死ということがありますので、私たちのこの益城町では、どうしても、そういうふうな方が出ないようなかたちをしたいなと思って、ずっとやってきたんですけれども、残念ながら、先月ですね、そういう方が出られましたので、もう、これから先は、もう二度と、そういうかたちが出ないように、私たちは、このテクノ(仮設団地)で、えー、両隣、3人ですので、皆さんのお顔が見えるような、そういう関係をしっかりと築いていきたいなというふうに、皆さんにご協力を願っています」

 

桑子「顔が見える関係、あの、具体的にどんな取り組みを?」

 

吉村静代さん「そうですね、これから半年ぐらいになりますが、いろんなお餅つきだとか、桜祭りだとか、秋祭りだとか、お花を植えたり、そしてコンサートをやったりしながらですね、いろんなジャンルの方たちにお願いしながら、顔の見える関係を作ってまいりましたね」

 

桑子「そして、これからも続けていくということですね」

 

吉村静代さん「そうですね」

 

桑子「ありがとうございます」

 

桑子「あの、こうして皆さんで、心を寄せ合って、避難生活を送っているわけなんですけれども、あの、この熊本の皆さんにとっての、誇りでもあり、心の拠り所でもあるのが、こちらですよね、熊本城です、地震で大きな被害を受けました、私、地震の2か月前に「ブラタモリ」という番組の撮影でお邪魔していました、それから1年、今月から、天守閣の復旧工事が始まった、この熊本城を、再び訪れました」

 

特集 再び熊本城へ 復旧どこまで・・・、熊本城 復旧の現状は、熊本地震1年、4月9日(日)に桑子真帆アナウンサーが、熊本城を訪れた映像が流れる。

 

桑子「熊本城の桜並木に来ているんですが、ちょうど今が見頃です、本当に綺麗です、この桜を見に、多くの方がいらっしゃってます」

 

桑子(語り)「この桜の名所は、地震の影響で、期日を限って、解放されていました」

 

桑子真帆アナウンサーが花見客にインタビュー、

 

桑子「地震があって、初めてのお花見になりますよねぇ」

 

女性「そうですね、なんとも複雑ですよ、(熊本城を)どの角度から見てもね、本当に涙が出ます」

 

桑子(語り)「城の中は、今、どんな状態になっているんでしょうか」

 

桑子真帆アナウンサーが、男性に近寄っていく、

 

桑子「いやぁお久しぶりです、本当に、もう大変なことになりました、本当に」

 

桑子(語り)「案内してくれたのは、熊本城調査研究センターの鶴嶋俊彦さんです」

 

ブラタモリ」去年3月19日放送の映像が流れる。

 

桑子(語り)「地震の前に撮影した「ブラタモリ」で、美しさと機能を兼ね備えた熊本城の魅力を紹介してくれました」

 

桑子「この1年、本当に、大変だったんですよね」

 

鶴嶋俊彦さん「これだけの被害を受けた文化財ってのはないんですよね、(修復は)まだ本当に序盤ですね、本格的にはこれからになりますね」

 

桑子(語り)「今も立ち入り禁止が続く城内に、特別に立ち入らせてもらいました」

 

鶴嶋俊彦さんの案内で熊本城内に入る桑子真帆アナウンサー、

 

桑子「あれ、これ(石垣の)上って、全部塀がありましたよね」

 

鶴嶋俊彦さん「ありました、タモリさんが鉄砲狭間から狙われたところが失われているんですよね」

 

桑子(語り)「以前、石垣の上には、塀が建てられていましたが・・・」

 

桑子「えっ!これ全部、崩れてますね」

 

鶴嶋俊彦さん「崩れてこないように、いいおうモルタルを吹き付けておさえている」

 

桑子(語り)「あちこちで崩れた石は、今後の復旧のために保管されています」

 

鶴嶋俊彦さん「ペンキで番号を書いてですね、落ちていた場所を記録して、それで今、ここで並べているんですよ」

 

桑子(語り)「修復が必要な石は、およそ10万個、写真などの資料をもとに、一つ一つ積み直す作業が残っています、その城内では、今月から天守閣の復旧工事が、本格的に始まりました」

 

鶴嶋俊彦さんの案内で、天守閣に近付く桑子真帆アナウンサー、

 

桑子「完全に工事現場ってかんじですね」

 

桑子(語り)「工事では、ひびが入った柱などを補修して、耐震性も強化する予定です、復旧の目標は再来年、鶴嶋さんたちは、復興のシンボルにしたいと願っています」

 

鶴嶋俊彦さん「「熊本は頑張ってるぞ」っていう意思表示をここでして、震災復興を歩む人たちのですね、大きな後押しになればいいなと」

 

特集 失われる城下町の面影、熊本地震1年。

 

雨の城下町を歩く桑子真帆アナウンサー、

 

桑子(語り)「私には、気がかりな場所が、もう一つありました、城のすぐ近くにある新町・古町地区です、城下町として栄えたこの地区には、明治・大正時代の建物が、数多く残っています、保存活動に取り組む人たちは、地震で被害を受けた建物が、今、相次いで取り壊されていることを、心配していると言います、以前、番組で訪ねた場所を案内してもらうと」

 

新町・古町町屋研究会の宮本茂史代表と歩く桑子真帆アナウンサー、

 

宮本茂史さん「ブラタモリの時に桑子さんが」

 

桑子「ちょうどここから出てきたんですよね、あの武者が」

 

ブラタモリ」の映像が流れる。

 

桑子(語り)「この時は、漆喰で塗られた白い壁が見えていましたが、その壁は地震で剥がれ落ちてしまっていました」

 

宮本茂史さん「シートでこれ以上崩れないようにっていうことで」

 

桑子「全然、違いますね」

 

宮本茂史さんと一緒に町屋を訪れる、

 

桑子(語り)「この町屋の持ち主、清永幸男さんです、被害は壁だけでなく、築130年を超える建物全体に及んでいると言います」

 

桑子「こちらは斜めに支えているんですね」

 

清永幸男さん「ここが一番ひどい状態と言いますか」

 

桑子(語り)「清永さんは、町屋を何とか残したいと考えていますが、修復するには、補助を受けても、数千万円の費用が必要になると言います」

 

清永幸男さん「もちろん残したいとは思いますけれども、まだわからないと言うしかないですね」

 

桑子(語り)「昔ながらの街並みを、どう残していくか、新たな活動を始めた人たちに出会いました、地震で助けあった人たちが、今度は地域の宝である町屋を守る為に何が出来るのかを、模索しています、活動への思いを、ある熊本弁で話してくれました」

 

くまもと新町古町復興プロジェクトの吉野徹朗事務局長「熊本弁で「できるしこ」、「できるだけ」とか「精いっぱい」とか、その「できるしこ」やっていこうという、楽しみながらやっていって、仲間を増やしてやっていけたら」

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年 シンボル修復に向けて

 

桑子「あの、この「できるしこ」、精いっぱいという意味ですけれど、とても印象に残りました、あの、なかなか思うようにいかなくても、落ち込んでばかりはいられない、まず自分たちが笑顔になって、前を向いていこうとも、話していらっしゃいました、とっても力強い言葉でした」

 

有馬「はい、「できるしこ」、力強いですよね、ただ、熊本城の修復、まだ、時間がかかりそうですね」

 

桑子「そうなんですよね、あの、実際に訪れて、本当に、私もショックを受けました、あの、そして併せて周りの人に話を伺いますと、やっぱり本当に、熊本城のこと。皆さん愛していらっしゃるんですよね、特に天守閣への思いというのは特別で、あの、今回、修復工事は天守閣から始まりますけれど、それも、まず天守閣を直して欲しいという声が多く寄せられたからだそうなんですね、で、市民から寄せられた城の復旧の為の寄付というのは、すでに8億円に達しているそうです」

 

有馬「8億円、皆さんが「できるしこ」の支援をした結果ということですね」

 

桑子「まさに、私もそのように感じました」

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年、安全なはずの病院がなぜ・・・。

 

桑子「そして、次に見ていきますのは、災害時の医療の問題です、熊本地震では1600人余りの患者が、病院からの避難を余儀なくされ、その後、亡くなった人もいました、なぜ安全なはずの病院を離れざるをえなかったのか、背景には耐震化が進んでいない実態がありました」

 

特集 4歳の命が問うものは、熊本地震1年、病院の地震対応は今、地震の影響で亡くなった宮崎花梨ちゃん(当時4歳)の事例を紹介。

 

桑子「今回、花梨ちゃんのお母さんは、娘のことを教訓にしてほしいと、取材を受けて下さいました、本当に強いメッセージでした」

 

特集 「中継」桑子キャスターが見た 現地の今、熊本地震1年、熊本 益城町

 

桑子「改めて、自治会代表の吉村さんに伺います、あの、これからも、仮設住宅での暮らしは続くと思うんですけど、これからどんなことを心がけていきたいですか」

 

吉村静代さん「そうですね、あの、おそらく解体が進み、これから自分たちが住む家をどうするのか、仮設住宅は2年という期限が付きますので、それを、安心して住める、自分たちが再建できる町、もしくは災害復興住宅に行くというかたちの中の、選択肢があると思いますね、で、その中で、やっぱり、いろいろな個々人の悩み、いろんなことがあると思いますけれども、そういった悩みも含めて、皆さんで共有できる部分、励ましあう部分、支え合う部分ということを、私はこの仮設住宅で、培っていただけたらいいな、というふうに思っています」

 

桑子「そうですよね、この、これからの生活も、待っているわけですよね」

 

吉村静代さん「そうですね、それで、復興住宅に行ったり、自宅再建したとしても、やっぱり私たちの益城町に戻るわけですので、ここの仮設住宅で、しっかりと仲良しになっていくことが、次の町に安心して、住み続けることができるのかな、と思います」

 

桑子「ありがとうございました」

 

桑子「今回、私、取材しまして、1年経っても、やはり厳しい現実は続いていました、ただ、取材した多くの方が、熊本地震を教訓にしないといけないということだったんですね、あの、町とか城の復興、そして生活の立て直しも、あの、次に、もしどこかで、他の災害が起きた時に、今度は熊本から手を差し伸べていかないといけないんだと、そんな思いで復興に向き合っているんだなというのを感じました、本当に、一歩ずつですけれども、前に進む熊本を、これからも応援していきたいですし、私たちも伝え続けていかなければいけないと感じました、熊本県益城町からお伝えしました」

 

特集 北朝鮮  あす”最大の祝日”、核実験など強硬の可能性も。

 

気象情報。

 

スポーツ。

 

有馬さんと保里アナウンサーで、締めのコメント。

 

有馬「保里さん、今週はいろいろありましたけれども、どのニュースが心に残りました?」

 

保里「そうですね、やはり、中でも今日おつてした熊本地震から1年ですかね、あの、1年前、九州 福岡に勤務しておりましたので、本当に、この1年から先、これからの長い復興の道のりを取材して、応援し続けたいと、改めて感じる日になりました」

 

有馬「僕は、今日のリンちゃんの事件に、本当にショッキングな思いをしました、見守りの先頭に立つリーダーが逮捕、思わずえっ!て声をあげてしまいましたね」

 

保里「誰を信じればいいのかと思いますよね」

 

有馬「でもね、疑心暗鬼に負けたくないと思いました」

 

桑子真帆アナウンサーにとって、「ブラタモリ」撮影依頼の熊本再訪は、大地震から1年の被災地リポートに。

 

番組も「ブラタモリ」その後の検証のようになっていて、桑子真帆アナウンサーだからこそ、伝えられる内容だった。

 

桑子真帆アナウンサーの思いが、よく伝わって来るリポート、中継だった。

 

自身を取り巻く状況が厳しい中で、桑子真帆アナウンサーは、しっかりと、やりきったと思う。

 

余談になるが、以前も書いたように、桑子真帆アナウンサーの語り(ナレーション)は、声質も良く(キンキンしていない適度な低さ)、抑制が効いていて、聞き心地がいいので、ナレーションの機会を増やして欲しい。

 

来週は、本来の桑子真帆アナウンサーらしさを取り戻して欲しいと、切に願う。

 

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